読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ミノとハラミ

もろもろ忘れがちなオタクがのちのち己を振り返るために悪あがきでつけている備忘録

藤北の視線の先にはキスマイの未来がある

Kis-My-Ft2

北山くんのバースデーサプライズ以降だろうか、『証』という曲が改めてじんわり心にしみるようになった。アルバムが出た頃より、ツアー中より、今のほうが好きだ。

来月発売となるライブDVD/Blu-rayのスポットCMの第1弾が、先日公開された。3タイプのムービー*1のうち、BとCに『証』のパフォーマンス中の藤ヶ谷くんと北山くんが映っている。Bの彼らを見た時、「そうそう、わたしのイメージする『藤北』ってこれだ」と思った。
藤北というシンメを評して、「背中合わせの似合う二人」という表現を、何度か見かけたことがある。お互いに背を預けながら戦ってそうなイメージ、わかるわかる……と大きく頷く一方で、わたしは彼らにもうひとつ、「並んで前を向いている」イメージを強く持っている。だから、Bのムービーで、同じ表情をして同じ方向を見ている二人の横顔が、わたしの中の藤北像とぴったり重なった。
藤北って、顔の造作じゃなくて、表情が時々びっくりするほどよく似て見える。このムービーもそうで、それも揃ってとびきり晴れやかな顔をしていたので、余計にびっくりした。この視線の先に、何かとても明るいものが待っている、まるで二人にはそれが見えているようで。

『証』の演奏中、二人はずっと並んで前を向いている。同じ楽器を抱えて、同じ方向を見て歌っている。二人の視線が交わるのは唯一、最後の最後にギターを鳴らすタイミングを揃える時だけだ(その瞬間を切り取ったのがCのムービー)。
藤北はいつも並んで前を向いている。同じ方向を見ているから、二人の視線が交差することはない。ただ、絶対に足並みを揃えなければならない時、ずれてはいけない重要な局面でだけ、確かめ合うように視線を交わす。たとえば、デビューが決まった時に一度だけ、グループの今後について二人で話し合ったように。

『証』はラブソングと解釈することもできるけれど、歌詞の最後のフレーズを、わたしはつい、歌い手である二人に重ねてしまう。

そう いつだって 君と守っていく 僕らの日々

http://j-lyric.net/artist/a05a292/l036778.html

キスマイがキスマイでいられる日々を、キスマイがファンと共に歩む日々を、いつも先頭に立って守ってきてくれた二人。これからも守ろうとしている二人。

ひとつ前のアルバムとツアー、『Kis-My-Journey』で披露された二人の曲『FIRE!!!』について、以前わたしはこんな文章を書いた。

3rdアルバムの収録曲が発表された時、いまさら藤北? という声もあった。名実ともにツートップだったJr.時代を肌で体感していないわたしですら(だからこそ?)、興奮と期待の裏でそう首を傾げた。でも、これがメンバーによるセルフプロデュースの第一歩なのだとしたら、先陣を切るのがこの二人というのは、とても妥当に思える。まあ、次のアルバムが出てみないとわかんないけど。

ジャニーズ楽曲大賞2014 - ミノとハラミ

結果論だけど、次のアルバムとツアーでユニット曲が4つ披露された今になって振り返ると、だいたい合ってたのかな~という気がする。藤ヶ谷くん自身、後になってこんなふうに話していた。

アルバムで『FIRE!!!』をやったとき、キスマイの可能性を確かめるうえで、俺と北山は最初にいかなきゃいけないんだと思った。ここがかたちになって見せられたら、たとえば今度は俺と宮田で何かができるかもしれない、そういうキスマイの可能性を試すにはやっぱり北山だと思う。
単なるふたりの曲ではなく、キスマイの今後をにぎるかもしれない1曲だと思ってたからこそ、ライヴで『FIRE!!!』を披露して、お客さんが喜んでる顔を見てホッとしたんだ。

『ポポロ』2015年8月号

「二人で曲を作る」という企画自体はそもそも本人らの意志ではなく、制作サイドから示されたようなことを当時の取材で語っていたけれど、その企画の意味するところは深く理解して覚悟を持って挑んだのだと伝わってくる。意外にも……と言っては失礼だろうか、藤ヶ谷くんは、「藤北」を語るにあたって先駆者の自覚を隠さない。グループの道を拓いてきた自負があるのだろう。

そして、1年後の4thアルバム、再び同じコンビで挑んだ『証』については、アルバムの特典映像で、今度は北山くんのほうがこう語っている。

何年後かに「あの曲から始まった」と言われる曲にしたい

この曲から新しいキスマイの見せ方に繋がっていければいいな

そう、『証』を歌う二人の横顔、あの強い視線の先にあるのは、未来だ。それも藤北のではなく、キスマイの。7人の、あるいは7人とわたしたちの。守るべき「僕らの日々」が、彼らの瞳にはきっと映っている。

冒頭で「バースデーサプライズ以降、『証』が心にしみる」と言ったけれど、それは藤ヶ谷くんが北山くん本人以上に、「北山宏光の30歳の節目」を「自分たちの節目」として重く受け止めているように見えたからだ。



(2つ目のツイートは、サプライズへの協力に感謝を述べる藤ヶ谷くんのキスログの更新を受けて)

グループ結成以来、藤北というシンメが藤ヶ谷と北山のために存在したことは、おそらく一度もない。「藤北」は常にキスマイのためにあった。藤ヶ谷が北山のことを考える時、北山が藤ヶ谷のことを思う時、それらはKis-My-Ft2というグループの来し方行く末を見つめているのとほとんど同義だ。
「藤北のための藤北」はいない。あるのは「キスマイのための藤北」だけ。きっとこれからもそうだろう。だからこそ、キスマイが成長するにつれ、藤北の担う役割も少しずつ変化している。ひょっとしたら、つい半年前に藤ヶ谷くんが口にした「キスマイの可能性を試すにはやっぱり(俺と)北山」という認識だって、早々に崩れ去る日が来るのかもしれない。それもまた、キスマイファンにとって、そして藤北ファンにとっても楽しみなフェーズに違いない。

彼らには今、どんな未来が見えているのだろう。この先どんな未来を、わたしたちに見せてくれるのだろう。

*1:12/17公開の、「SPOT 15秒 TYPE ○」と記載のある3つ。この記事を書いている最中に第2弾が追加され、その後も増えました